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えむえむ・ザ・ワールド
#19.. アビスの扉
 | Update : 2005/07/02 15:21:00 |
春から友人のBBが滋賀県に下宿することになった。

自宅から大学に通えないことも無いが、二時間から二時間半かかるので、朝に弱いBBは下宿することを決意したのだった。しかし、それは理由の半分で、残り半分は実の弟に追い出されたらしい。

噂によると、靴下を三日間着用し続けた後、裏返してB面と呼び、さらに三日着用し続けているらしい。食生活など、きっと想像を絶するだろう。



そんなBBの下宿先に、BBを心配して、小学校以来の友人であるモーリー東西北南と、コッチャマンとの三人で訪れることになった。

竹藪のすぐ側に彼の下宿しているアパートはあった。

一階を見る限りアパートというよりも廃屋に近かった。BBについて二階に上がった。

なんとも古いアパートで、一段一段階段が悲鳴を上げた。



部屋の広さは8畳ぐらいだろうか、縦に長く2×4畳といったところだ。

入り口のすぐ隣に大きな窓があった。まるで学校の教室のようだ。もう一つ、外側に頭を出せるか出せないくらいの小さな窓があった。パソコンのディスプレイよりも小さい窓だ。

(これでは空気の入れ替えはできないだろう)

家具はテレビと冷蔵庫、携帯用ガスコンロ、扇風機。エアコンは無い。ガス、水道も無い。というかキッチン自体が無い。炊事、洗濯、入浴、トイレは一階で共同だそうだ。

よく家をLDKで表現するが、ここはどうやら、LかDのみのようだ。

「一人暮らしって、大変そうだな」と言うと

「便利な割りに家賃安いんや」とBBは答えた。

「藪が近いせいで、虫が多いのが厄介やけど。押入れに繭ができてたり・・・。初めて百足見たときは、かなりあせったわ。もう慣れたけど」

「悲惨な生活送ってるんやな」

(きっとこいつなら強く逞しく生き抜くだろう)



しばらく話しているうちに、BB以外の全員の声がおかしくなった。モーリー東西北南は頭痛を訴え始めた。換気が悪いのだろうが、これ以上あの窓は開かない。

その時、窓からテントウムシが一匹、部屋に入ってきた。網戸が付いていないので、窓を開けると虫は入り放題である。

(エアコンを付けたくとも、きっと室外機を置く場所が無いのだろう)

天井に止まったテントウムシは、少しすると落下して動かなくなった。

それを見ていた全員が息を呑んだ。今、一つの尊い命が失われたのだ。

そしてその原因は・・・。



全員大急ぎで空気の入れ替えをしようということになった。さもなければ、私たちもあの哀れなテントウムシと同じ末路を歩むことになるだろう。

これ以上あの小さな窓は開かないので、ドアとその隣の大きな窓を開けた。

これで、廊下を挟んで向かいの部屋の住人が窓を開けるか、ドアを開けたらこの部屋は丸見えである。

「この窓、鍵付いてないの?」

「おう、廊下から入り放題や」

「ドアに鍵付いてても意味無いんじゃない」

「プライバシーゼロや」

「バリアフリーってわけね」

「夜中に返上裏でドタドタと走る音がするねん」

「上に誰か住んでるの?」

「この建物二階までやから、多分・・・」

「鼠男?」

実に怖すぎる。怪談屋敷じゃあるまいし。

「他にどんな人が住んでるん?」

「パキスタン人の一家が住んでる」

「一家?」

「何人いるかわからんけど、五人以上」

「・・・・・・」



それからしばらく話をして、三時頃帰ることになった。

外に出てみると、外の方が涼しかったのには私たち全員が驚いた。BBも少なからずショックを受けていた。

来るときは気付かなかったが、建物の裏にバスタブが置いてあった。これが例の共同の風呂なのだろう。上にはトタン屋根がかかっているが、壁は一切無い。

帰る途中で、私たちの声も元に戻り、モーリー東西北南の頭痛も治まった。

私はあのアパートをアビスの扉と名づけ、二度と近寄りたくないと思った。

そして、勇敢にあるいは無謀にもそこに住むBBやパキスタン人の一家に敬礼した。
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