#15.. 忘年会 -1st season- |
| Update : 2005/07/02 15:21:00 |
私がアルバイトをしている某学習塾で、忘年会が催された。
幹事は今年入ったばかりの新米の人で、必然的にと断定してよいのか判らないが、集まった9人のうち、5人が新米の女子であった。
先輩方の内3人は急遽都合が悪くなり、来ないこととなった。
私は集合場所に25分前に着いた。約束の時間よりも早めに集合するのが、私の習慣であった。過去のデータから判断すると、後れて困ることはあっても早くて困ることはない。唯一の問題点は、暇であること。
だがそれも、小説を1冊携帯することで補っている。
まず私はコンビニエンスストアへと向かった。牛乳を飲むためである。忘年会でアルコールを勧められたときに、無下に断らずに済ますために胃を補強しておく必要がある。
コンビニでレジに並んでいると、参加者の一人と出くわした。
どうやら彼も私と似たような性格なのだろう。彼の話によると、まだ誰も来ていないのでコンビニに来たらしい。
結局、ぎりぎりの時間に参加者は集まったのであった。
人数が多いため、二つの席に分かれることとなった。
「焼肉定食(弱肉強食)」
向こうの席には女子5人が、そしてこちら席には私を含む男子4人が座った。
先輩が、花が無いと嘆いていたが、結局そのまま開始された。
この店は焼肉食べ放題であるが、鉄板に肉を載せると油で火力が極端に強くなるので、私がこまめに火を調節した。
「肉食い放題(肉食われ放題)」
肉以外にも、鶏の唐揚げやカレーライスも食べ放題だったので、私はむしろそちらを重点に食べた。私がカレーを食べていると、他の3人は不思議そうに眺めていたが、数分後には全員カレーを食べていた。
私は随分と甘いカレーだと感じたが、他の3人はそうでもないと言った。
向こうの席では女子が火力の調節をできずに、きゃあきゃあ言いながら肉を焦がしていた。
鶏の唐揚げを食べていると、先輩が大正天皇は狩りが大層下手であったという話を始めた。ちっとも獲物を打つことのできない陛下が、ようやく一羽の鳥を仕留めて曰く。
“あれは何という鳥じゃ?”
“陛下、あれは鶏でございます”
因果応報、食物連鎖。これが自然の摂理である。
満腹になってくると、先輩が割り箸を焼き始めた。
私は寒天を焼いてみてはどうだろうと提案した。
最初は冗談のつもりだったが、いつの間にかみんな真剣になっていた。
何しろこの4人は理系大学生である。
一人は国立O大学で獣医学を、一人は国立K大学で物理工学を、一人は国立K工芸繊維大学で高分子化学を、そして私は私立R大学で情報科学を学んでいる。
一流国立大学の中、私一人が中堅私立大学であるため少し肩身が狭かった。
数分後に寒天の底が沸騰しプルプルと震え始めた。肉の焼きあがる速度と比較しても、かなりの火力であるが、なかなか変化が現れなかった。
寒天の底が溶けて、傾いたことで寒天に刺していた爪楊枝に火に近付いた。
爪楊枝は真っ赤になり、そして弓なりに曲がって燃え尽きた。
爪楊枝が燃え尽きても細い糸のようなものが燃えずに残った。また、寒天に刺さった部分及びその周辺に変化は無かった。
寒天が溶けるにしたがって、鼈甲飴のような甘い香りが漂い始めた。おそらく寒天を作る際に砂糖を混ぜたのだろう。
最終的に寒天は黒く焦げてそのほとんどが気化し、わずかな残りが網に幕を張って反応は停止した。
丁度実験が終わる頃、忘年会はお開きとなった。
いや、これから2次会でカラオケをするらしいが、私は不参加を決め込んでいた。
告白しよう、私はカラオケが苦手なのだ。
様々な理由があるが、第一に私はほとんど歌を知らないという事。
第二に歌うのが下手であるという事。
歌わずに聴いているだけで良いのなら行っても構わないが、大抵一度はマイクを勧められるに違いない。
それにあの狭くて暗い密室で、長時間過ごすのはどうも息苦しい。しかも音楽が大音量であるため、耳が痛い。
それゆえ、私はLR同時押しで逃げ出した。
私は寒天の一生を最後まで見届けて満足したのだった。
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